2014年7月16日〜31日
7月16日  ウォルフ〔ラインハルト〕

「なんだ、その傷」

 ジェリーがオフィスに入るなり、目を丸くした。

 今朝から三人目。こめかみがヒリヒリする。

「指が引っかかったんだよ」

 ラインハルトの指が。あやうく目をやられるところだった。
 
 キッチンで鍋を洗ってたら、やつがべたべた貼りついてきた。足で押しのけたら、首を絞められた。
 そのあと、キッチンの床を転げまわり、いつのまにかやつはズボンを脱いでいた。セックス・イン・キッチン。

 客や部下の目が痛い。野生動物を飼っているとこういう日もある。


7月17日 ルイス〔ラインハルト〕

 一階のクリーニングでスーツを受け取ってエレベーターを上がると、隣のエレベーターからアキラが出てきた。
 やつは手をひろげた。

「ただいまー!」

 おれもミュージカルのように応えた。

「ラララーおかえりー! マイスイート!」

 やつは機嫌よく、スーツごとおれを抱き上げた。ふたりではしゃぎながらドアを開け、そのままベッドに直行。

 ノリがよすぎる? 
 だって今日の弁当はウナギだからね。


7月18日 カシミール〔未出・スタッフ〕

 家でシャワーを浴びていると、船長が入ってきた。

「満員だぞ」

「ぼくはブラシさん」

 バスタブのなかに無理やり入ってくる。

「洗ってあげよう。ブラシさん」

 鼻歌を歌いながら抱きつき、からだをこすりつけてくる。

「ブラシさんはきれいずき♪ パッシャパッシャ、ゴッシゴッシ。からだのすみずみまでぴっかぴか」

 バカな歌と胸毛のくすぐったさで笑ってしまう。

「クリスの指紋がつかないように、ワックスワックス」

 おれは爆笑してしまい、やつがそのまま抱いてきてももう何もいえなかった。


7月19日 補佐〔按察官補佐〕

 今日はアクトーレスのインスラについてご紹介しましょう。

 まず、エントランスを入るとちょっとしたロビーがあります。
 テレビが置かれているので、サッカーの試合の日などはみんな、集まるようです。

 受付にはウエリテス兵が常駐。猛者ぞろいのアクトーレスに警備は必要ないと省略されていましたが、彼らがあまりに喧嘩好きなのでこの処置となりました。
 プレゼントのことづけなどは彼らに頼んでください。

 あとはポストコーナーとクリーニング屋。売店。中庭は緑地となっています。


7月20日 補佐〔按察官補佐〕

 地下一階はジム施設です。

 スタッフはあまり町中で遊べませんので、健康を維持させるためにどのインスラにもジムは併設しています。プールやトレーニングマシン、ボクシングリングなどがあります。

 ここにはデリがあり、簡単な食事がとれます。買い物が面倒な時はここから、ピザやサンドイッチのデリバリーをたのむこともできます。

 食事は近くのスタッフ用レストランやパブでとれますが、長くいる者は飽きて自炊に向かう傾向があります。


7月21日 補佐〔按察官補佐〕

 では、部屋をご紹介。

 基本的に単身者を想定しています。
 キッチン・ダイニング、リビング、ベッドルーム1、バスルーム、クローゼット、家具はついています。

 上層階は個々の部屋が広く、書斎がつきます。デクリオンなどの役付きが優先的に居住できます。

 部屋は三ヶ月に一回、管理会社がチェックに入ります。ゴミ屋敷にしている者はペナルティとして一ヶ月に一回、クリーニングサービスを受けねばなりません。これは有料で給料から天引きされます。


7月22日 補佐〔按察官補佐〕

 このようにけっこうなインスラですが、アクトーレスが全員ここに住んでいるわけではありません。

 恋多き彼らは別棟のスタッフと同棲していることが多く、約三分の一は空き部屋なのです。
 ちゃっかり者は懇意のお客様のドムスに転がり込んでいます。クリスとかね。

 事件を起こさない限りはわれわれもそれに眼をつぶります。ただし、逆に会員がアクトーレスのドムスに長期居住することは禁止しています。お客様用の施設ではございませんので。

 え?イアンのところ? デクリオンはまあ、特別です。


7月23日 マキシム〔クリスマスブルー〕

 ヒロがオニギリを作ってくれた。
 正直、コメは今、それほど欲しくなかったが、食べた。

 やつはここのところ、あんまり元気がなかった。ミハイルがそうめんを持ってきてからだ。

 ナオからのそうめん。ナオが解放されて、いろいろ思うことがあったようだ。

「なんだこれ!」

 おれは刺激的な味におどろいて、おにぎりを見た。

「ウメボシ。直人からのプレゼント」

 ヒロが言った。

「ちゃんと喰えよ。暑気払いになる」

 果物の塩漬けらしい。みじんの甘さもない。口がしぼられそうな塩ッ気。でも、フルーティ。


7月24日 マキシム〔クリスマスブルー〕

「気に入った」

 おれはオニギリをもうひとつ食べた。

「そりゃよかった」

 ヒロもオニギリを食べた。

「やっぱり、こいつを食べると元気になるよ。自分が作ったものでもな」

 おれは言った。

「おれが作ってやろうか」

「……」

 ヒロは急に黙り込んだ。
 おれは彼を抱きしめた。理由はわからない。だが、そうする必要があった。今はやさしくしてなだめてやる必要があった。

 おれは言った。

「おれが作るよ。アサリのミソシルも作ってやるよ」


7月25日 ロビン〔調教ゲーム〕

 今日は朝からランダムが外にいる。
 おれはランダムを連れに行った。

「まだだよ。先に朝飯だ」

 CFから早めに帰ってくると、ランダムはフィルの部屋のベランダからのぞいていた。

「中に入ってろ。暑いだろ」

 声をかけると、フィルが彼を中に入れた。昼飯を食うとやはり、ランダムは玄関前に出て行く。じっと外を見て待っている。夕方、おれも隣に並んだ。まだ日の落ちぬ明るい街を見て待っていた。

 地下の入り口から、人影が現れた。おれたちは飛び出した。

「ご主人様! お帰りなさい」


7月26日 キース〔迷宮のキース〕

 ご主人様が帰ってきた。

「残念なお知らせ」

 と彼は言った。
 仕事であさってまた日本に戻らなければならないという。

 ダイニングのみんなの顔が見るも哀れにこわばった。長期バケーションだと期待していたのだ。ランダムでさえ、エリックのまねをしてうなだれてみせた。

「次によいお知らせ」

 とご主人様は言った。
 自分が仕事している間、日本に招待する、行きたい者はいるか。

 おれたちは飛び上がって、快哉を叫んだ。日本旅行だって! すごい夏休みだ! 


7月27日 キース〔迷宮のキース〕

 おれたちは楽しい準備をした。

 といっても、あんまり旅行に必要なものはない。忍者ゲームの時に日本に行ったら、なんでもあった。ちょっとしたスナック菓子さえ、むこうのものはうまいのだ。

「ランダムのおむつがいるな」

 エリックはランダムの支度を楽しんでいた。

「まあ、寝小便はしないだろうが、うれしくてチビるかもしれないしな」

「じゃ、きみのおむつもいるね」

「きみのもな」

 おれたちは浮かれながらトランクに服を詰めた。明日はご主人様のジェット機だ。


7月28日 劉小雲〔犬・未出〕

 あの家の犬たちがCFにひとりも来ていない、と思ったら、日本旅行に行ったそうです。

 ぼくはご主人様に言いました。

「うちは一度も旅行に連れてってくれたことないね」

「あたりまえ。おまえ連れて行ったら逃げるじゃん」

「……逃げると思ってんですか」

「うん」

 黙っていると、ご主人様は言い添えました。

「逃げられたら、おれ耐えられないもん。はかないことになってしまうかもしれない」

「……」

 何言ってんだか。
 黙っていると、彼はおそるおそる聞きました。

「行きたい?」

「行きたいです」


7月29日  劉小雲〔犬・未出〕

 ご主人様は苦悩しています。
 彼はぼくを愛しているようですが、信用はしていないのです。

「中国人の失踪率、亡命率はすさまじいんだよな」

 まあ、そうです。
 ぼくは単純に日本を見たいだけですが、黙っています。

「逃げないって約束――」

 彼は言いかけ、首を振りました。

「約束したって逃げる者は逃げるよな」

 彼は苦しそうに聞きました。

「小雲、国に帰りたいか?」

「そりゃそうです。ぼくは誘拐されてきたんですから」

「……」


7月30日 劉小雲〔犬・未出〕

 ご主人様はベッドでもじっと考えこんでいました。
 背中を向け、くっついて寝ろとも言いませんでした。

 ぼくは折れました。

「旅行は冗談ですよ。いつもみたいにここでゲームして過ごしましょう」

 ご主人様はふりむきませんでした。タオルケットを抱えて身動きしませんでした。

 ぼくはちょっといたずらが過ぎた、と後悔しました。一方、もしかすると、という怖いような期待もありました。

 翌日、ご主人様は果たして言いました。

「日本に連れて行く。逃げてもいいぞ」


7月31日 劉小雲〔犬・未出〕

 彼は赤い目をして言いました。

「おれは悪人だから、おまえを瀋陽の家まで連れていったりしない。謝罪もしないし、飛行機代も渡さない。だから、おまえが自分の才覚で逃げろ」

「わかりました」

 ぼくは言いました。

「京都に連れていってください。あと、富士山を見たいし、東京も見たい。あとクマモンも見たい」

「地理めちゃめちゃ」

 ご主人様ははじめて少し笑いました。


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